●自立支援法−障害者の不安配慮し議論を

  障害者インターナショナル(DPI)

  日本会議事務局長 尾上浩二

 「郵政」が唯一の争点になった選挙が終わった。その結果を受けて、先の国会で廃案になった障害者自立支援法案が、この特別国会に再上程されようとしている。尾辻厚生労働相は「一日も早い成立を期す」と言うが、同法案が有権者の審判を経たとは言えない。何よりも、慎重、丁寧な議論と対応を求めたい。

 同法案は、身体・知的・精神障害に対するサービスを共通にし、国の財政責任を明確にする趣旨で提案されている。だが、障害者が福祉サービスや医療を利用する際の1割の自己負担が求められ、サービス決定の仕組みも大きく変わる。そのため、「障害が重いほど負担がきつくなりサービスを利用できない」「家に閉じこもらざるを得なくなる」といった問題が指摘されてきた。

 私は、脳性マヒの障害を持って生まれ、子どもの時に施設に入っていた。寝起きからトイレまで時間が決められ、施設から一歩も出ない生活だった。だが、中学校から普通学校に通うようになり、家の近くに同年代の友達もできて、自分の世界が広がった。その経験から、障害者の自立生活運動に当事者の立場で取り組んできた。
 03年度から始まった支援費制度は、「障害者の自己決定」「施設から地域へ」という流れを促し、地域で暮らす重度障害者を増やした。私の知り合いのA君も8歳から20年間続いた施設生活にピリオドを打てた。彼は重度障害のため全面的な介護が必要だが、支援費制度で必要なサービスを得られるようになり、30代のいま、地域での生活を築き始めている。だが、同法案策定の動きの中、「また施設に戻らなければならないのか」と心配している。

 先の国会で廃案となったのも、そうした不安の声が広がったからだ。国会審議の度に、傍聴席に障害者が詰めかけ、議論を見守った。「このままの法案では自立できない」と訴えた国会請願には、1万1千人が集まった。審議予定はずれ込み、衆議院解散にともない廃案になった。全国から寄せられた声を国会は真剣に受け止めてほしい。

 先の国会審議を振り返ると、法案は一から作り直すことが求められる。あらためて検討が必要なのは「障害者が現在使っているサービスや生活が維持できるか」「生活実態にあった制度か」ということだ。

 先の法案に関しては、前提となる基礎データの不十分さも明らかになった。障害者医療の利用件数に1けた多いデータが使われていたことが、国会で指摘されたのだ。また、日本の障害者関連予算の対国内総生産(GDP)比は、経済協力開発機構(OECD)加盟諸国の中で最低水準との指摘もあった。しかも、ただでさえ少ないその予算の中で、障害者の地域生活支援サービスに対する予算は、施設生活のそれに比べて5分の1以下だ。

 いますぐ必要なのは、ヘルプサービスやグループホームなど障害者が地域で生活できるようにするためのサービスの基盤整備だ。社会的入院が強いられている精神障害者の退院促進のためにも、これは不可欠だ。

 元々、厚労省が同法案を急いで準備した背景には、今年度の介護保険の見直しで若年の障害者もその対象にしようという狙いがあった。だが、そうした拡大は少なくとも09年度まではないことになった。だとすれば、国会には同法案の成立を無理に急ぐことなく、当面の基盤整備の道筋を示してほしい。障害当事者も交えた議論と検討が進められる落ち着いた環境づくりを期待したい。

 どんなに障害があっても当たり前に地域で暮らせるようになってこそ、この国に生まれて良かったと思えるのではないか。議論が深められることを心より願う。

朝日新聞 2005.9.30(金)